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公務員(砲兵)時代の思い出 ㉜

矢臼別演習場での射撃は先にも書きました黄色9号。

当時1番手でしたので、装薬装填の役でした。
装薬を薬室に入れて閉鎖器を閉める。火管を入れて鎖栓を閉めて装填よし。安全装置をかけて撃発安全よし。

ちなみに、砲班は砲班長、照準手(ガーナーと言ってましたな)、操縦手(ドライバー)、1番手、2番手、3番手、4番手が正規の編成。
実際は、3番手、4番手はいないのです。 5人一組で砲班を編成していました。
2番手は砲弾を込める役。半自動装てん装置で砲弾を込めるのです。

発射は照準手が席の上の方にあったボタンを押す。
故障が起こったら、撃発装置にロープをつけて引っ張ると発射できます。

黄色装薬の反動は相当なもので車内の手すりにつかまっていても頭をぶつけるようでした。
戦車帽を被っているのでケガは無し。


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お金に好かれるには

本を読んでいますと、一様に「お金を大切にする人」とあります。

小銭でも大切にして、きちんとサイフにしまう。
1円でも有効に使えるように普段から心がける。
1円玉でも落ちていればありがたく拾う。
自分が落とした1円玉を放置するのはもっての外です。

そう言う心がけをしていれば自然とお金が貯まる体質になり結果、稼ぎは少なくてもお金は貯まっていくことになるのです。
反対に、どんどん使い捨てるようなことをしていれば、稼ぎは多くてもお金が貯まらない事になります。

あらためて、気を引き締めて小銭を大切にしましょう。

公務員(砲兵)時代の思い出 ㉛

矢臼別演習場に到着して天幕の設営があり、幕舎での生活です。

それから、集合が掛かり、エキノコックスの説明がありました。

曰く、道東にはエキノコックスと言う寄生虫がある。
これに寄生されると10年後にはタヌキの置物のような腹になる。
犬とか狐に寄生しているので犬には触るな。
演習場のゴミ捨て場には犬や狐が寄ってくるから気を付けろと。

その後、人懐こい野良犬がいたので触りましたが、タヌキのような腹ににはなってない。

演習の内容はかなり忘れてしまいましたが演習の最中に熊が出たから演習は中止し外に出るなとのお達しがありました。
隊員はみんな64式小銃を持っていますが実弾を持ってないのです。
銃剣だけでヒグマ立ち向かうのは死にに行くようなものなので大人しくしておりました。
それと、近隣住民の反自衛隊の人が演習に合わせて盆踊りを挙行するらしく、音頭が聞こえてきました。

最後に黄色装薬での射撃であったと思います。

陣地に砲列を敷き準備していると戦友会の方が見学に来られてました。当時、旧陸軍兵であった方は60歳代でしたから大勢みえてましたよ。

75式SPの後部から内部を見に来られた方がいたので、砲班長から指示を受け、装薬を見せて説明をし、実際に持ってもらったらとても喜ばれて。
その方も元砲兵とのことで「これはなにか?」「装薬です」「ほぉー、昔の装薬はこんなに大きくなかったぞ」と。

入隊前に信太山駐屯地記念祭に行ったとき、38式野砲と思うが展示されていた。見ていると年配の方が野砲を馬で曳いた思い出話を聞かせてくれましたな。

また、伯父が船舶工兵でしたので、伯父に合うと当時の思い出話。三八式歩兵銃の手入れが悪いと「三八式歩兵銃殿、申し訳ありませんでした」と謝らされた話とか、大発艇の発動機始動にはコツが要ったとか。

もう、大部分の方が鬼籍に入られてますので貴重なお話を伺うことも無くなってしまいましたなぁ。





物を大切にすること

大切ななことなんですが、今の時代のように大量消費でしょっちゅう新製品が出る。
修理に出しても買った方が安いなど、昔の物がない時代と違い物を大切にする感覚と言うか意義が違ってきているように感じます。

昔なら、服も高かったし継ぎを当てて着るのも当たり前で、子供の服はお下がりが当たり前でした。
今は、服も安いし、継ぎを当てて着るのも格好悪い(若い人は破れたズボンもファッションのようですけどね)。
ならば、買って新品の着心地を楽しもう。子供にも安くても新しい服を着せてやろうとなってきます。

生活用品も同様で、安くて使えるものが溢れていますね。
100均ショップを見ればわかりますが使えるものが沢山あり、つい買いすぎてしまう場合も多いでしょう。

物を大切にするには、高くて良いものを使うのが一番です。
私の携帯はF902isで11年使ってますが故障なし。車は、親父が購入した軽トラですがもう12年乗ってます。

良いものを買っておくと愛着も湧くし物を大切にする気持ちも出てきます。
買うなら良いものを買うのが一番でしょうね。

例外としてカシオの腕時計。安くて頑丈で文句なしです。

のどが渇いたとき

散歩しているとします。

公園の近くを歩いていてのどが渇いてきた。公園には水飲み場があり無料で飲めます。
目の前には自販機があり、好きな飲み物がある。

こういう場合は、どうされますか?

1、自販機で好きな飲み物を飲んでいい気分。
2、公園の水で我慢する。
3、家まで我慢する。

私は、3 がほとんどです。散歩で遠出はしないからですね、
第一、散歩にはお金を持っていかないので自販機はつかえない。
公園の水は、あまり飲みたくない。

実は、缶コーヒーが好きで、よく飲みます。
時々、130円×日数で勘定するのですが飲んだ後の満足感には勝てません。

まだ、修行が足りないということかもしれませんね。

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公務員(砲兵)時代の思い出 ㉚

夏に連隊検閲と言うのがあって、矢臼別演習場で射撃を含む演習がありました。
もちろん、装薬黄色9号にて19000m射撃を行うのです。

75式SPは輸送隊がトレーラーに積んで出発。我々隊員は73式トラックの荷台に乗って出発。
普通のトラックは荷台に乗るのは荷物監視員のみ許されますが、自衛隊は隊員も『貨物』ですので問題なく荷台に乗車できるのです。
(これは冗談ですが)
荷台には折りたたみ式の長いす(横並びに座る)がありそこに腰かけて移動です。急ブレーキを踏まれたら、隊員は横倒しになる有様ですな。30人乗りであったと思います。

これに乗って千歳から別海町まで行くわけです。当時、矢臼別演習場に行くには2つのルートがあって帯広駐屯地で1泊していくコースと日勝峠を超えて1日で行くコースがありました。
幌をかけて景色が見えない荷台で長時間過ごすのは苦痛なんですが、慣れてしまうんですな。
つまり、寝てしまうわけです。自衛官は暇になれば寝てしまう習性が身につくのでしょう。

この時は、帯広で一泊したような気がするんですが定かではない。
帯広では体育館を借りて寝るのです。寝具は寝袋です。

夕食はどうしたか記憶がありません。缶飯かパック飯かもしれません。




昇進すると貯金が増える

サラリーマンの場合、昇進すると給料が上がりますから貯金額も増えます。
ただし、それは勤め先によって違います。

自分の例で言うと、昇進して給料が下がりました。
交代勤務から常日勤になり、当時で手取りが8万円下がったのです。

4年前に管理職に昇進し、現在では、10年前の手取り額に追いついたところです。
しかし、会社での付き合いとかで出費が多くなりました。

ここが、問題なのですが昇進を目標に頑張ってきた人と、貯蓄を目標に頑張ってきた人では達成感が違いますね。
私は後者ですので損した気分です。

お金のことを考えずがむしゃらに頑張れば後からお金がついてくるのも事実ですが、本音は一般職に戻り、働いた分だけのお手当てが欲しいですな。

朝から湿った話ですみません。

公務員(砲兵)時代の思い出 ㉙

春からの演習シーズンに入ると履帯を交換せねばなりません。
島松、恵庭演習場へは一般道路を通って行きます。よって道路の損傷を防ぐためゴム履帯に交換するのです。
履帯の交換も人手は必要ですが簡単に交換できます。
一般道路と言っても裏通りでコンクリート舗装であったように思います。
矢臼別演習場へ行くときは75式SPをトレーラーに積んでいくので鉄履帯であったと思います。

演習は、2夜3日と称し仮眠時間が少しあるだけの行動になるのですが、対抗部隊(敵)役の場合は気楽なもので陣地に入れば寝転んでいるばかりでしたね。しかし、ゴロゴロしてるので喝を入れられたのか、夜中に陣地変換命令が出て大慌てで行動したこともありましたな。

私は、睡眠時間が多い方であったので、時間があれば仮眠をとるようにしてました。

今でも下らん会議中など姿勢を正して仮眠を取ることもあります。

今昔物語

ケチの原点で写真を載せた鳥一商店の看板。
あれから気になって。

先日、弟の写真に写っていたのを思い出してさがしていました。自己満足で掲載します。
写真を見ると、焼き鳥を焼いている煙が写っています。
昭和45~6年ごろでしょう。
img008.jpg

はちまき食堂とあります。大衆食堂でした。
後日廃業し息子さんが仏壇店に変えました。

ここのおじさん、おばさんも私らを可愛がってくれてました。
当時の近所づきあいは、濃いものでしたね。鳥一商店、はちまき食堂 しょっちゅう遊びに行ってました。
はちみつ店は行かなかったな。怒られてばっかりでしたんで。


はちまき食堂の写真もありました。
同じく弟の写真ですが。

img009.jpg

そして、現在の姿。
P6260009.jpg

はちまき食堂の跡は庭になっています。











暮らしむきの話

最近、小さい頃のことなど思い出したり懐かしんだりするようになりました。
今の生活が、あまり面白くないからかもしれませんね。
小さい頃の嫌な思い出は楽しかった思い出に置き換わって消されてしまうのでしょう。

さて、暮らし向きの話なんですが、当時、借家住まいの貧乏暮らしで風呂もなく暖房は練炭火鉢と豆炭コタツ。
隙間風が吹き込むので一酸化炭素中毒にはならない生活でした。夏は扇風機で過ごす。
電話と車はありませんでした。
考えてみれば、余計なお金が要らない生活ですね。

今は、車、携帯電話、インターネット、有料テレビ等々非常に便利で良い生活環境ですが、お金がかかる。
その分、しっかり働かねばならず苦痛になることもある。
もちろん、家電製品などは当時と比べて驚くほど安く高性能です。
しかし、各種維持費や保険、カードローンなど、お金の管理をしっかりせねば忽ち苦境に立つことになります。

なんか、とりとめのない話になってしまいましたが、現代社会はお金がないとどうしようもない時代であるのは確かですね。